2016年6月20日 (月)

「つまをめとらば」「半席」 を読んで

 平成27年(2015)下半期の直木賞は青山文平の「つまをめとらば」(平成27年7月発売)が受賞した。

Img_2488 青山文平の本はその少し前に「鬼はもとより」(平成26年9月発売)を読んで、すっと物語の中に入り込める文章のうまさと人物の内面描写の鮮やかさなど藤沢周平に似た趣きがあり、すっかりファンになってしまったので、3月頃早速図書館で予約をした。

 「鬼はもとより」は江戸時代藩札発行により藩の財政立て直しの指南をする男と、極貧の小藩でその指南を受け、自ら鬼にならんとする覚悟で不屈の意志により財政立て直しを成功させるが最後は悲劇で幕を閉じる男の話である。
 後から知ったのだがこの本は平成26年下半期に直木賞候補になり好評価だったそうである。

Img_2741 5月下旬に「つまをめとらば」を借りる順番が来て早速読み始めた。この本は6つの短編集でこの6つの短編が評価されたのである。前回の直木賞候補になった「鬼はもとより」の様な長編であれば幾つかの緩い表現が見付け易いが短編ではそこまで行かないうちに終わってしまうので欠点が見付けにくいのではないかと勘ぐってしまう。

 しかしこの6編はそれぞれの話が違う分野を描いたもので長編にしても話に破綻が無く進むのではないかと思わせるものがある。

 最初の「ひともうらやむ」は本家の優れた跡取りを支える分家の男の話だが、本家の跡取りは嫁になった才色兼備と思われた妻女との間がうまく行かず、別れ話のもつれから妻女を殺して切腹してしまう。その介錯をした男は侍を辞め釣り具師として生きる事になった。その妻女は、以前は平々凡々とした女だと思われたが、釣り具師になった男を助けるうちに才色兼備の女性として人に羨まれるような女に変って行く話。

 4番目の「ひと夏」は問題のあるという飛び地を納めるために赴任した主人公がその地の農民たちに無視され続けるが、ある時人を殺した武士を捕えたことで飛び地一の娘と一夜を共にする。しかしその時だけ主人公に挨拶などした農民たちは暫らくすると前の様に無視するようになり、娘の父親から侍など止めて娘の婿になって商売をやった方が今後の生きる道だといわれ、迷う男の話。

 最後の「つまをめとらば」は3度目の結婚もうまく行かず離別して隠居暮らしの56才を過ぎた主人公が、久し振りで幼馴染で独身だが、これも隠居暮らしのの友人に出会い、女と所帯を持ちたいというので所有している貸家を貸してやったが、女はなかなか来ず、暫らく男二人のそれぞれの平穏な生活が続いた。

 ある時、昔主人公の家で働いていた女中が、同じく使用人だった男と心中事件を起こして男は死に、女はお払い箱にした事があり、その女が農家の小母ちゃんになって明るく味噌を売りに来て二人に味噌を売りつけて帰った。その女と友人は以前心中を図ったと噂をされたことがあり、友人は「女にはどうやってもかなわん」と言って男同士の気楽で居心地の良い生活を捨てて女の許に去って行くのである。

 そのような話が詰まっているのだが、太平の世になり下級武士の男たちは何をすべきか生き方を模索してさまよっているが、そんな男たちに係わる女たちのしたたかな生き方が全編を通して印象付けられる。

 また語り口のうまさは前作同様だったが、この短編集ではどの編もほんのりとした温かさがあり、さわやかな後味が残った。


Img_2753 この後、直木賞受賞の次に書かれ平成28年5月に発売された「半席」という本を読んだ。「半席」とは御家人が旗本になるには御目見(お目見え)以上の役目に着かなくてはいけないが一つだけでは当人は旗本になれても代々旗本になるには二つ以上の役目に着かなくてはならない。一つだけでは一代御目見の半席ということなのだそうである。

 主人公の片岡直人は徒目付(かちめつけ)という役目についているがそこから勘定所への御役替を狙っていた。二つの役目を無事に果せれば当人のみならずその子も旗本と認められる永々御目見以上(えいえいおめみえいじょう)の家となるので勘定所の目に付くようにと仕事に励んでいた。

 そのため上長である徒目付(かちめつけ)組頭の内藤雅之から依頼される本来の仕事から外れた頼まれ御用を断るのだが、だんだんと書類を扱うことが多い本来の仕事と違って人臭い頼まれ御用の魅力に取りつかれていく。

 そのような頼まれ御用は年も分別もある老年の侍が起した刃傷事件の動機を探ることが多くあり、6編の連作で構成されているが、その解決策を探って行くうちに武士とは自分の意思で死ぬことができる者であることを思い起こされたり、徒目付の仕事はすべての御用を監察する目付の耳目となって働くので、思わぬ恨みを買って襲撃されることを覚悟することなど、旗本になるべく二つ目の役目を必死に追い求めていた時に忘れていた事を身にしみて感じられるようになり、組頭の内藤雅之の茫洋とした中に仕事への真摯な姿勢を示す人柄と相まって今の仕事に魅かれて行くのである。

 直木賞を受賞した後のひと息ついたと思われる軽やかな筆致と読み易い文体だが、内容はなぜそのようなことをしたのかという動機というか人の心に分け入る探索という地味な難しい内容だが、「つまをめとらば」の女の情念の深刻さに対して老年の男の心に秘めた思いがあるきっかけでほとばしるという内容に共感できるのは自分が老年の男であるからだろうか。

 文中沢田源内という魅力的な人物が登場する。組頭の内藤雅之、主人公の片岡直人そして沢田源内が絡んだ頼まれ御用の連作シリーズが出て来そうな予感がする。いや出て来て貰いたいと思う。

(この項おわり)

2016年3月26日 (土)

平成28年3月に読んで印象に残った本

「海賊とよばれた男」上・下  
                                百田 尚樹 2012年〈平成24〉7月発行

Img_2449a 平成25年(2013)の本屋大賞を受賞した作品である。内容は出光興産の出光佐三をモデルにした国岡商店の店主である国岡鉄造が敗戦でほとんど無一物になった中から従業員を一人も首にせず、慣れないラジオ修理などをしながら営業を続け、業界の圧力を跳ね除けて石油の販売から精製まで行うようになって行くころから始まる。

 昭和26年に当時世界最大の埋蔵量があるとされていたイランが、イギリス資本に抑えられて充分な利潤があげられないのに反発して石油の国有化を宣言した。それに対抗してイギリスは石油買い付けに来たタンカーを撃沈すると表明するなどして事実上の経済封鎖を行っていた。

 一方日本では石油メジャーの圧力により独自ルートで石油を自由に輸入することが困難であり、経済発展の足かせになっていた。その時、国岡鉄造はイランに対する経済制裁の国際法上の正当性はないものと判断して、昭和28年に自社の持つ日章丸というタンカーを秘密裏にイランに派遣し、イギリスの海上封鎖を突破して日本に石油を持帰った。

 それが世界的に石油の自由な貿易が始まる嚆矢となり、当時武器も持たない日本の一民間企業が世界第2の海軍力を有するイギリス海軍に挑戦して成功したということで世界的に大きな話題になった出来事である。

 モデルになった出光佐三の考え方は人間尊重である。入社した従業員の人格を尊重し、また鍛錬し、国のため人のため働き抜くことが最初にあって種々の方針や手段はそこから派生的に出てくると考えている。また大家族主義で、店内の全ての事例は親であり子であり兄であり弟であるという気持ちで解決していく。次に仕事は全員がその持ち場持ち場で自分の仕事の範囲では全責任を負っていると考える。また仕事は事業を目標として金を目標とするなとも言っている。

 現在の出光商会の経営理念を見ると、まず「経営の原点」があり、「出光は、創業以来『人間尊重』という考え方を事業を通じて実践し、広く社会で期待され信頼される企業となることを目指しています。」として

・わたしたちは、お互いに信頼し一致協力し、「人の力」の大きな可能性の追求を事業で実践することで世の中に役立ちたい。

・わたしたちは、常に高い理想と志を持ち、仕事を通じてお互いに切磋琢磨することで、一人ひとりが世の中で尊重される人間として成長していきたい。

・わたしたちは、お客様との約束を大切にし、何よりも実行を重んじることで、信頼に応えていきたい。

 と記され、その後に「経営方針」と「行動指針」がある。
 しかし、現在の世の中の趨勢はそのような考え方に反することが多く見受けられる。政府をはじめてとして目先の事しか考えない、人間を尊重しない施策や出来事が多く、出光のような人がまだまだ必要であると思われる。

 今年(平成28年)12月にこの作品が映画化されるそうだが、どのような内容になるのかわからないが、この国岡鉄造の生き方に共感を持ち実践する人が一人でも多くなってもらいたいと思う。

 本屋大賞に選ばれた本は2015年の「鹿の王-上橋菜穂子著」、2014年の「村上海賊の娘-和田竜著」は読んだが、2013年の本書は読んでいなかった。それ以前の2012年の「舟を編む-三浦しをん著」、2011年の「謎解きはディナーのあとで-東川篤哉著」、2010年の「天地明察-冲方丁著」は読んでいたので、今回の本書でここ6年間の大賞作品はすべて読んだことになる。

 それ以前は2004年の第1回「博士の愛した数式-小川洋子著」、2005年の第2回「夜のピクニック-恩田睦著」を読んだ後しばらく読みたいと思う本が無かったので、中断していたが、最近また読み出したのである。「謎解きは‐‐‐‐」以外は全て面白く印象に残っている作品ばかりである。

 2016年の本屋大賞は4月12日発表とのことだが、ノミネートされた10作品はあまり読みたいと思う本ではないので、今回は見送りになるかもしれない。

(この項終り)

2016年3月 9日 (水)

Windows10搭載のパソコン (その1)

 H28年2月末にWindows10を搭載したNECのデスクトップパソコンを購入した。

 以前にも述べたがH22年2月に購入したWindows7搭載のデスクトップパソコンがH26年にHDDが不調になり交換したが、交換の日数がかかることと壊れて元に戻らなくなることを恐れて、従来のNEC ValueStar(OS=Windows7)ディスクトップパソコンのHDDを交換するする少し前の、H26年7月にNECのLaVieノートパソコン(OS=Windows8.1)を購入したことは以前のブログやHPでアップしてある。(ブログhttp://ibaichi.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/windows-81-ce1a.html。 

ホームページhttp://www.ibaichi.com/colum/burog10.html


 しかしWindows7が無事に戻ってきたので、従来やっていたネット検索やオフィス関係、メール、ブログなどの作業はそのまま継続して進められた。またパソコンが2台になったためその間のデータ活用のためにホームグループを設定し、ネットワークを構築してデータのやり取りがスムーズに出来るようにした。

 丁度其の頃、所属していたホームページの会というグループが、従来使用していたデスクトップパソコン8台あった場所から2台しか置けない場所に移動することになり、ノートパソコンを持参することが必要になったので、ホームページ作成はノートパソコンの役割としてうまく移すことができた。また昨年秋から手作業による本造りというのを始めたので、それを教えてもらうためにパソコンを持参する事になりその関係の資料をノートパソコンにいれることにしたためうまく住み分けができるようになった。

 そうこうしているうちにH27年7月にWindows10が発売になった。「Windows7」も「8.1」も1年間は無償で10にバージョンアップ出来るというので特に関心を持たなかったが、パソコン関連の集まりに出ているうちに、「8.1」からはうまく移れるが「7」からはいろいろな問題があることが話題なっていたので、「7」はバージョンアップしない方が良いと思うようになった。また「7」のマシンそのものも最近はネットにつながらなくなったり、オフィスで作業中に動かなくなったり、スリープがシャットダウンになったりする頻度が多く、購入してから6年経つので、そろそろ寿命かなと思うようになっていた。

 2年前「8.1」のノートパソコンを購入したときは「7」の代替えという気持ちがあったが、「7」を今まで使用していたのは何にしても使い勝手が良かったからであり、机の正面にあると落ち着いて作業ができたこともあったので、この際「10」のデスクトップパソコンを購入することにした。前のデスクトップはディスプレイが20型ワイドだったが、今回は最小が23.8型でパソコンを入れる枠にぎりぎり入ることが分かったので、従来と同じNECパソコンを入れようと思った。

 パソコン売り場にはデスクトップは少なくノートパソコンが主流になっているが最近はタブレットやスマホをノートパソコン替わりに使用する方向に進んでいるようである。しかし文字が小さすぎて扱いにくく、小生のように高齢で主に趣味に使うのであればスピードよりも確実で見やすい方が有難い。そういえば「8.1」でも内蔵していた簡単なゲーム類が無くなって複雑なゲームのアプリを入れるようになって、頭を休めることができなくなってきていた。オフィス類もやたら複雑になって必要な機能を探すのが大変になってきている。

 しかし今回の「Windows10」のOSは機能改善や新機能の追加などのアップデートは無償で行われ「Windows10」が継続して更新していくとのことなので、今回「10」のパソコンを購入すればOSの変更は考えなくても良い様である。

 新しいパソコンを買って最初にしたことはWindowsのセットアップだが、そのやり方はセットアップマニュアルの最初に出ており、その通りにやっていけば今回は簡単にセットアップができた。前回はだいぶ手こずったところである。

 次にやったのはセキュリティソフトのウイルスバスタークラウドのダウンロードである。NECのパソコンにはマカフィーが入っているがウイルスバスタークラウドは3台まで追加料金無しでダウンロード出来るのである。だがやり方が分からないので、「7」のパソコンの方から登録をした。

 次に「ファイナルパソコンデータ引越しというソフトが前々回「XP」から「7」に移したときに入れたものがあったので、その内容をアップデートして使用した。その時使用したLANクロスケーブルも保管してあったので、古いパソコンから新しいパソコンへのデータ転送は簡単に出来た。ただ夕方から始めたので、転送が終わるまでに12時間くらいかかってしまった。前回もそのくらいかかったことを思い出したが、終始監視している必要はなく。終了したら自動でパソコンはクローズして翌朝開けてみると終了してあり、無事にすべてのデータが転送されていた。

Img_2435Img_2438 これで「Windows7」「8.1」「10」の3台のパソコンが揃ったので、今までのネットワークに「10」のパソコンをホームグループに接続して、すべてのデータを共用で使用できるようにしようと思った。しかしホームグループの名前は「7」にしておいたのだがパスワードが分からない。仕方がないのでホームグループの名前を新しく作り、パスワードも新しくして使えるようになった。新しいホームグループパスワードはコントロールパネルで設定した後、印刷出来るようになって居たので、さっそく印刷して保管するようにした。以前から在ったのかもしれないが気が付かなかったのだろう。(写真は左側がWindows7とWindows10パソコン、右側がWindows7とWindows10及びWindows8.1パソコン)

 今後作成するデータはOne Driveに保管すればその後修正しても、どのパソコンからでも修正後のデータが見られる筈である。今まではOne Driveはあまり利用していなかったので、今後分類方法を考えて利用していきたい。

 またインターネットへの接続は「Edge」というアプリになったが使いづらく、従来のインターネットエクスプローラ使用しようと思った。従来のインターネットエクスプローラは、すべてのアプリを開いて、アクセサリーの項目に入っている。今までの「7」と同じ配置で見られる。「お気に入り」も以前のパソコンからのものが表示されるので「7」と同じように検索できる。

 メールもすべてのアプリから「Live Mail」を開けば以前のライブメールが使える。アドレス帳もそのまま入っている。新しいメールアプリは使いづらいので、これも当分は以前のものを使用するつもりである。

 写真の編集は「Picture manager」が写真の加工に便利なのでずっと使用していたが、「10」では使えなくなったようだ。ブログやホームページの写真は「7」が動く間は使うつもりだが、動かなくなった時のことを考えなくてはいけない。

 ブログやホームページの写真はオンクリックの手法で大きくしていたがノートパソコンでは画像全体が入りきらないので、ホームページの写真は今年(平成28年)の分から枠の中で上下に動くように修正したので見易くなったと思う。

 昨年の12月から今年3月にかけて病院通いや手作業による本造り、パソコンの動作不良対策などで忙しくブログ、ホームページはだいぶご無沙汰してしまった。春になると菜園の作業などが入って忙しくなるが、できるだけアップして行きたい。
 
 以上

2016年2月24日 (水)

“「借金大国日本」の再生に秘策あり“を読んで

1.日本の国家予算の現状

  平成28年(2016)度予算案の国会審議が始まろうとしている。平成28年度予算の一般会計総額は96兆7218億円で、平成27年度予算の96兆3420億円を超えて過去最大である。その歳入の内訳は税収57兆6000億円、税外収入4兆6900億円、新規国債発行額34兆4320億円で新規国債発行額は27年度から2兆4310億円減少している。それに対し歳出は公共事業、社会保障などの政策的経費が73兆1100億円、国債償還などの国債費23兆6100億円となっている。

つまり新規国債発行額から国債費を引いた10兆8200億円が基礎的財政収支の赤字であり、従来の国債残高に上積みされることになる。(平成28年度財務省予算案数値)

平成28年度予算案の一般会計額
歳 入
  税 収       57兆6000億円
 税外収入       4兆6900億円 
 新規国債発行額 34兆4300億円
  合 計       96兆7200億円
歳 出
 政策的経費    73兆1100億円
 国債費       23兆6100億円
  合 計       96兆7200億円

 平成28年度末の国債残高は838兆円になり、日本の人口1億2600万人で割ると605万円/人の負担になる。

 国債の償還期間は60年なので、国の収支トントンになっても今まで発行した分は60年間掛かって返済することになっているのだが、現状のまま推移するとしても毎年10兆円も赤字が増えて行くので、国債残高は増える一方になってしまう。更に地方の長期債務残高196兆円を加えると平成28年度末には1062兆円となり1千兆円を超えてGDP(国内総生産)比率は205%となり日本国内で生み出された總付加価値の2倍の借金があるという事になる。

 国債発行は昭和40年度から始まり、当初は発行額、残高とも2000億だったが、ドルショック、オイルショックなどを経て発行を開始してから50年後の平成27年度には発行額36.9兆円、残高812兆円と大きく増加している。(下表参照)

国債発行額、依存度、発行残高推移

 年度   西暦  新発行額  依存(%) 増加発行額   発行残高
昭和40年 1965   0.2兆円    5.3              0.2兆円
昭和50年 1975   5.3兆円   25.3    5.3兆円   15.0兆円
昭和60年 1985   12.3兆円    23.2     7.0兆円     134.4兆円
平成07年 1995   21.2兆円    24.2    8.9兆円   225.2兆円
平成17年 2005  31.3兆円  36.6   10.1兆円  526.9兆円
平成27年 2015  36.9兆円  38.3    5.6兆円  812.0兆円

当初国債を発行する時はマスコミも大きく取り上げその是非を論議して居たことを未だ覚えている。併し一旦国債を発行することを決めた後は一度も国債の発行を止めた年は無く毎年ように発行し、現在では予算の中の国債発行依存度は40%近くに増加し留まるところを知らない状態になっている。

しかしその責任を取るべき政治家や官僚は此の大きな問題に対して抜本的対策を考えるでもなく、日本の財政が破綻することへの危機感もなく問題を次の世代に先送りするばかりで今後どうなるのかと思っていた。
その時にこの“「借金大国日本」の再生に秘策あり“という本を知って購入したのである。

2.「借金大国日本」の再生に秘策ありの内容

Img_2337 この本の著者は相続税や消費税の増税による税収に増加ではなく公務員の天下り先になっている特別会計企業群の民間企業化にあると言っている。政府は国債の発行の急激な増加と共に天下り先を求める官僚の増加を抑えきれず特別会計企業を設立して行った結果が現在の日本の姿になっていると指摘している。

 本書では日本の歴史を振り返り、明治政府の政策、太平洋戦争後の官僚、役人たちの天下り天国などについて述べ、平成元年のバブル崩壊後の大手銀行救済や景気浮揚のための大型建築ラッシュなどにより国債発行高は増加し、特別会計企業を増加させて行ったことが現状であると言っているのである。

 銀行の定期金利は以前5%から8%くらいあったものが現在は1%以下である。これはバブル崩壊により、市中銀行が貸し出していた融資が回収不能になり膨大な不良債権が発生して銀行そのものが貸倒損失で倒産しそうになり、それを防ぐために日銀から無利子で銀行に融資し、銀行はそれを低利で企業に融資して高金利の債権の借り換えにより企業の救済を進め、それと共に銀行の救済を行ったのである。そのための原資として国債の発行を大きく増加させて行った。しかしその後もリーマンショックや東日本大震災により救済資金需要は減少せず、現状に至って居る。

 しかも民間の資金需要は増えて居ないので銀行の資金は国債購入が多くなり、金利は少なくても購入額は膨大である上に信用調査などは不要であるので、何もしなくても利益は上がるのである。そのため大手市中銀行は常に収益率・額ともに上位に居るのである。
一方国の財政は一般会計と特別会計に分かれており、一般会計の方は国会での審議により、内容が良く判るが特別会計はそれぞれの関係ある部門別に分かれており、補助金や一般会計からの繰入などがあるので分かり難く、監視の目が行き届かないといわれている。

 ここで財務省発表の平成28年度特別会計の予算歳出予算を見てみると404兆円もある。そのうち国債の借換えが109兆円、一般会計などからのやりとりが94兆円、純歳出額は202兆円でその内訳は国債償還費などが92兆円、年金や健康保険給付金などが66兆円、地方交付税その他が44兆円である。

 本書ではそのような大きな金額を扱っているのは公務員かその外郭団体の準公務員であってその特別会計を扱う企業群を民営化することによって、決められた予算で仕事をするのではなく損益等を明確にするシステムにすれば、不必要な人件費や経費が縮小され大きな効果が見込めると言っている。

 民間会社は競争にさらされているので、合理化をして原価を減らさなければ売り上げや収益が減少してしまうので一生懸命働くが、公務員の仕事は決められた予算と決められたやり方で進めるだけで、改善や合理化は評価されないのが一般的である。

実際問題として地方公務員にでもなれば人員整理の不安もなく、定められた仕事をやって居れば定年まで勤められ、年金も共済年金と言って厚生年金より多く貰えるので公務員様様で恵まれた存在である。

ところで、この様な小さな政府志向の考え方が実行出来るのだろうか。平成28年度予算は過去最大規模であるし、政治家も官僚も増やすことしか考えていない状態ではとても望めない。やらねばならないことは知っているがそれを先送りして行く悪癖は相変わらずである。

 ギリシャの様に破綻して大騒ぎになり、耐乏生活を強いられるまで何も出来ないのでは今の若い世代の人達の生活はどうなって行くのだろうか。国民の一人ひとりがより関心を持って考える必要がある。

この本の著者森下正勝氏は森下和装工業㈱という小企業の代表取締役で、畳工技能士の資格を持つ職人でもある。やさしい言葉で書いてあるのでよく判り、本当にこのままで良いのかと思わせる本である。

(この項終り)

2016年1月28日 (木)

平成28年1月に読んで印象に残った本

1.「ロゴスの市」 乙川 優三郎 2015年〈平成27年〉11月発行

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 平成28年(2016)の正月に乙川優三郎著の「ロゴスの市」という本を読んだ。今までだと半年ごとに印象に残った本を紹介していたが、それでは読んだ印象が薄れてしまうので、今後は読んだ都度感想を述べようと思う。

 乙川優三郎の本は以前から愛読しており以前にも3回紹介した。「麗しき果実」「脊梁山脈」「トワイライト・シャッフル」である。「脊梁山脈」はそれ以前は時代小説ばかり書いていた作者が、現代小説に移行して初めての作品で大仏次郎賞を受賞している。「トワイライト・シャッフル」とその後発売された「太陽は気を失う」は短編集で物足りない思いだったが、今回は同時通訳を志す何事にも積極的な女と海外の小説の翻訳を志す地道な男の物語を描いた長編である。

 翻訳家を志す主人公と同時通訳を志す女主人公は大学の同級生だったが、翻訳家が原文を正しく翻訳するのではなく、如何に日本語として表現し、原作の味を壊す事なく伝えるかに悩み、葛藤し、そして喜びを覚えるという過程を丁寧に描き、それにアドバイスし、お互いに高めあって行く同時通訳として成功する女性との交流と愛情。

  また主人公が、良い本を見つけ出し日本に紹介することに情熱を燃やす編集者と、「ロゴス(言葉)の市」といわれるフランクフルトの世界最大といわれるブックフェアに行ったときの興奮。

日本語と英語の間で苦闘する男女の生きざまを独特の端正な筆致で描いており、時の経つのも忘れて読みふけった。 乙川氏は以前翻訳を業としていたこともあったそうだが、この本からは作者の深い思い入れが伝わって来る。

 新年早々素晴らしい本に出会えた。


 

2.「かたづの!」  中島 京子  2014年〈平成26年〉8月発行

Img_2394 昨年(平成27年)10月の朝日新聞読書欄の「売れている本」というコーナーにこの本の紹介があった。この時既に6刷3万1千部出版されているとのことだった。中島京子という人の作品は読んだこともなく、この時初めて知った。今年1月になって図書館に行った時この本があったので読むことにしたのである。女性の大名が居たという事も知らなかったし、興味を以って読み始めた。

 主人公は知恵の限りを尽くし南部本家の圧力を跳ね返し、その間には不幸な出来事も多くあるのだが、「かたづの」という語り手のせいか、それが過度の悲愴な感情に流される様な描写が少なく、物語に入り込んで読み進められた。

 内容は、陸奥の国八戸に根城(ねじょう)という城があり、関ヶ原の戦の頃八戸直政という八戸南部氏の城主と夫人が居た。その夫と嫡男を相次いで亡くし、夫の後を継いで江戸時代にただ一人女性の大名になった清心尼祢々(ねね)の物語である。

 戦国時代が終わったばかりで、盛岡の南部本家からの無理難題に対して如何にして八戸を守り抜くかを考えた祢々は自ら城主を継ぎ、ともすれば戦いに走ろうとする臣下達に対して常に不戦を説き、八戸から遠野への国替えという無理難題にも抵抗せずに移り、知恵を絞って荒れ地で無法者が住み着いていた遠野の規律を正し、人々の生活を安定向上させていった。

 またその語り手は角が一本しかない羚羊(かもしか)で寿命が尽きた後も角に魂を宿し「かたづの」として過ごして行く。また八戸の河童が遠野に移り住むなどの話も加えて、厳しい苦難の話を和ませてくれる。

 作者の中島京子も乙川優三郎と同じ直木賞受賞作家だが、この本で平成27年の柴田錬三郎賞、河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ賞を受賞しているそうである。

(この項おわり)

2016年1月 7日 (木)

平成27年後半、印象に残った本

 平成27年(2015)も過ぎてしまった。27年前半は55冊、後半は32冊の本を読んだ。読んだ数は多いが最近は気楽に読める本が多くなり、読みにくい本は敬遠する傾向にある。後半に印象に残った本5冊の読後感を述べたい。

鹿の王(上・下)  上橋 菜穂子  2014年〈平成26年〉 9月発行
自覚(隠蔽捜査5.5) 今野 敏    2014年〈平成26年〉10月発行
与楽の飯        澤田 瞳子   2015年〈平成27年〉 8月発行
世界で最初の音   白川 道   2014年〈平成26年〉12月発行
虹の谷の五月      船戸 与一  2000年〈平成12年〉 5月発行

1. 鹿の王(上・下)

Img_2364Img_2366  この本は平成26年児童文学のノーベル賞といわれる「国際アンデルセン賞」の作家賞を受賞した上橋菜穂子の本で、3年を費やして執筆され平成27年度「本屋大賞」と「日本医療小説大賞」を受賞した本である。著者は児童文学の賞を多数受賞しているが、この本は大人が読むべき素晴らしい本だと思う。     

 戦いに敗れ、奴隷に落とされたが犬に噛まれて九死に一生を得たヴァンという主人公、ヴァンと行動を共にするユナという少女と、犬に噛まれることにより発生する謎の感染症の治療に奔走するホッサルというもう一人の主人公を軸として展開するのだが、そこに多くの人が絡まり、同じ感染症に罹っても亡くなる人と生き残る人が居り、命とは何か。生きるとは何かを考えさせられる。

 表題の「鹿の王」とはヴァンが父親から聞いたとしてヴァンを慕うサエに話す場面があるが、未知の病素を持った犬に噛まれたヴァンが病素のせいでそれらの犬と同じ気持ちを共有できるようになり、それらの犬たちと共に深い森の奥に走り去るエンデイングは新しいタイプの「鹿の王」の出現を予感させる。

 著者はあるインタビュー記事で,西洋医学的考え方は者を小さく分けて分析して行き、問題が起きた時はその原因が小さな部品のどこにあるかを部品相互の関係性を追求して行くが、東洋医学のベースになる考え方は全体像をまず考え、問題が起きた時はそのバランスが崩れたので、そのバランスを整える方法を採っている様だと。

 また思い当たることが何もないのにがんなどになった時、「どうして私が」「どうしてあの人が」という気持ちが生じる。「謎の部分」[解明できない部分]があるから物語で納得しようとする心の動きが生じ、物語が生まれてくる。と話しておりこの作品にもその考え方が盛り込まれている。

2. 自覚 (隠蔽捜査5.5)            

Img_2341 今野敏の本は40冊くらい読んでいる。最初に読んだのは「隠蔽捜査」の第1巻だった。今野敏の本は同じ頃出版された佐々木譲の「うたう警官」と共に現在まで愛読している。両者に共通するのは警察小説で刑事一人が活躍するのではなく、警察組織内部の暗部を暴くため仲間と力を合わせて解決する手法が新鮮だったことなどによるものだが、「隠蔽捜査」は2~5まで発売され、それ以外に短編集として、3.5と今回の5.5が発売されている。

 前回の短編集3.5は主人公竜崎と同期の伊丹との関連の話が描かれていたが、今回の短編集は主人公の竜崎大森署長と関連のある人物を主人公にして活躍させ、竜崎は後方でアドバイスをする役目で7編の短編が収録されており、そのアドバイスが的確で結果的に表面では活躍しない竜崎の重みを浮き立たせる構成になっている。

 その中でも「訓練」という編は、竜崎が以前仕事で関連のあった女性キャリアが、他の5名の選抜されたノンキャリアと共に航空機に搭乗してハイジャックなどの犯罪に対処する武装警官の訓練をすることになり、その初日の訓練が終わって厳しい訓練へ対応などに思い悩んで竜崎に電話をかけ、適切なアドバイスによって認識が変わる場面は秀逸だった。

 「隠蔽捜査」シリーズは今回のものばかりでなく、すべて楽しく読める。シリーズものでは「横浜みなとみらい署防対係」シリーズも同様に楽しかった。が、この本と同じ頃読んだシリーズ外の「捜査組曲」という作品はいま一つだった。

3. 与楽の飯

Img_2330 この本は副題に「東大寺造仏所炊屋私記」とある様に奈良時代、東大寺の大仏建立のために各地から集められた仕丁(しちょう)達に食事を作る炊屋(かしきや)を中心にして、仕丁の真盾及びその仲間たちと炊男の宮麻呂を軸にした大仏を造る作業現場での話で、主人公も次第に仏とは何かという事に気付いて行く。

 溶解した銅を流し込む型造りや真っ赤に熔けた銅を流し込む場面の説明などは丁寧に描かれており臨場感が溢れている。

 与楽とは仏教用語で、「抜苦与楽」という仏の慈悲で衆生の苦しみを取り除いて安楽を与えるという事で、ここでは炊男の宮麻呂が作る食事が他の炊屋の食事より美味いことから、仏とは何かという事に併せて食とは何かという事を考えさせられる構成である。

 澤田瞳子の本は、前回の「若冲」に引き続いての登場だが、今回読んだ時代物の中では一番印象に残った。

4. 世界で最初の音

Img_2332 この本の作者である白川道(とおる)はこの本を平成26年12月発行し、引続いて平成27年3月に「神様が降りてくる」を発行した後、平成27年4月に急逝した。白川道の作品はベストセラーになった「天国への階段(上下)」から9冊読んだ。「新・病葉(わくらば)流れて」シリーズの最新版「そして奔流へ」。を平成26年末に読んだ後、平成27年10月にこの本と遺作になった「神様が降りてくる」を立て続けに読んだ。その時始めて亡くなったことが分かったのである。

 「世界で最初の音」は裏稼業で稼いだ金で、今はまっとうに暮らしていた主人公の達也が、交通事故に遭遇し怪我をした女性を病院に運び込む所から始まる。そのことが過去に関係のあった男が行方不明になり、それを解決しようとしていた警察の目に止まり、主人公と怪我をしたチェロを弾く女性との恋愛と、状況証拠を積み重ねて迫って来る警察の動きが重なって物語は進行して行く。

 途中女流チェリスト、デュ・プレの弾くドヴォルザークのチェロ協奏曲が出て来る場面は村上春樹に倣ったのだろうか。

5. 虹の谷の五月

Img_2345 この本の作者である船戸与一も、昨平成27年4月に亡くなった。今まで船戸与一の本は読んだことが無かったので、訃報を知りどんな作家だったのか知りたくなり、直木賞を受賞したこの作品を手に取った。

 フィリッピンのセブ島を舞台とするこの本が発売されたのは平成12年5月で16年前になる。当時の大統領は1988年(平成10年)に就任したジョセフ・エストラーダだが、2001年(平成13年)1月に弾劾され、副大統領だったグロリア・アロヨが大統領に就任した時代である。フィリッピンでは未だゲリラが活発に活動していた時代で、セブ島やそれ以南のミンダナオ島などには、なかなか中央政府の力が及ばなかったのである。(現在でも日本外務省は治安の悪いミンダナオ島の西部地域に渡航中止勧告を出している)

 物語は主人公のジャピーノ(日比の混血の意)と呼ばれるトシオが13才(1998年=平成10年)から15才に成長して行く3年間のそれぞれ5月の出来事で構成されている。虹の谷とはセブ島にある谷の名前で、ゲリラの闘士ホセが住んでおり、虹の谷への行き方はトシオしか知らない。トシオは抗日組織で戦った祖父と二人で生きている。

 3年間には様々な不条理な出来事が起きるが、祖父の影響を受けたトシオは真っ直ぐに育っていく。最後には祖父やホセを含め関係のある多くの人が死んでしまうが、トシオが恋人と共に虹の谷でしか見られないという丸い虹をみる結末は感動的である。

 船戸与一の遺作は全9巻に及ぶ「満州国演義」で2009年(平成21年) から死去する2か月前の2015年(平成27年) 2月にかけて発行された大作であるが、今後、機会を見つけて読んで行きたい。

 (この項終り)

2015年8月29日 (土)

「青春」という名の詩について


 8月初め、新しく入った会で「夏の交流会」という暑気払いの会があり、それに出席して新入会員としての挨拶をした。代表理事を始め、幹事の人たちがそれぞれの役割をちゃんとこなしており、ビールサーバーなどを会場に持ち込んだりした手づくりの和やかで気持ちのいい会だった。

 その席上でサムエル・ウルマンの「青春とは」という名の詩を会員の女性が朗読した作品が、ビデオ編集の詩が付いた動画として上映された。  御承知の方も多いと思うが、この「青春とは」はこの詩以外に目立った実績が無く、幻の詩人といわれたアメリカの詩人サムエル・ウルマンという人の作品である。

 「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう。----年を重ねてだけでは人は老いない、理想を失うとき初めて老いる」 という内容のこの詩はマッカーサー元帥が座右の銘として執務室に掲示していたという事が、戦後直ぐに当時のリーダーズダイジェストという雑誌に掲載されたことから知られるようになった。

001 小生の手元に東洋紡会長だった宇野収氏と千代田化工建設という会社に所属していた作山宗久氏の共著による昭和61年10月に初版が発行され、翌昭和62年10月に21版発行という「青春」という名の詩という本がある。当時購入したものである。(画像をクリックすると大きくなります)

Img_0005d どこかにあるはずだとあちこち探してやっと見つけ出した。中を見てみると、昭和63年6月3日付の朝日新聞の切り抜きが挟まっていた。今から(平成27年)から28年前に、この記事を見て購入したものと思われる。当時小生は親会社から系列の子会社に転属になり、新しい職場で何をなすべきかを考えていた頃である。(画像をクリックすると大きくなります)

 今は思い出せないが、この本を読んで「よし、やろう」と思ったことは間違いないだろう。今回の「夏の交流会」でこの詩を朗読した動画を見て、詩のフレイズは違っていたが、その内容をまざまざと思い出した。

 この本は宇野収氏が1982年(昭和57年)に日経新聞に寄稿した「青春の詩」という記事を見た作山宗久氏が、はるばるアメリカのバーミンガムまで行き、サムエル・ウルマンの事績、人となりを調べたり、オリジナルの英文の詩を探し求める内容が書かれている。

 それによるとサムエル・ウルマンは1840年にドイツで生まれ、11才の時に両親と共にアメリカに移住している。20才になった1860年に南北戦争が起り、ウルマンは南軍の一員として戦い負傷している。その後、バーミンガムに永住し、町の有力者として活躍したが、1924年に84才で亡くなった。1920年に80才の誕生日を記念して、家族がウルマンの詩集「80年の歳月の頂から」を記念出版した。その中に「青春」のオリジナルの詩を含め、49編の詩が収められているという。

 またその探し求めている過程で、バーミンガム公立図書館の担当の女性が 「サムエル・ウルマンは国家的に知られていません。おそらく「青春」の詩だけで名を残すでしょう。」 と言っていたと書いてある。ウルマンはアメリカより日本での方が良く知られているようである。

 「年を重ねてだけでは人は老いない、理想を失うとき初めて老いる」 という内容のこの詩は、小生にとって今もって座右の銘である。多くの人がこの詩の心を知り、実践して貰いたいと思っている。

       ****************************

 下記に昭和20年(1945)12月号のリーダーズダイジェスト英語版に掲載されたものを翻訳したという朝日新聞掲載の岡田義夫氏の詩のコピーと、オリジナルの英文の詩から翻訳した作山宗久氏の詩、今回朗読して貰った新井満氏(「千の風になって」の訳詞、作曲家)の詩を記す。

 

          青 春
                       サムエル・ウルマン 作
                        岡田 義夫 訳 

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(画像をクリックすると大きくなります)

 

           青 春
                       サムエル・ウルマン 作
                       作山 宗久 訳         

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな創造力、炎える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。
年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。

六〇歳であろうと一六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、
おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美・希望・希悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、二〇歳であろうと人は老いる。頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り、八〇歳であろうと人は青春にして已む。

 

          青 春 とは

                       サムエル・ウルマン 作
                       新井 満 訳

青春とは 真の青春とは 若き肉体の中にあるのではなく 若き精神のなかにこそある
薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体 そういうものはたいした問題ではない 
問題にすべきは つよい意思 ゆたかな創造力 もえあがる情熱 
そういうものがあるかないか こんこんと湧きでる泉のように 
あなたの精神は 今日も新鮮だろうか いきいきしているだろうか

臆病な精神のなかに 青春はない 
大いなる愛のために発揮される 勇気と冒険心のなかにこそ 青春はある 
臆病な二十歳がいる 既にして老人 勇気ある六十歳がいる 青春のまっただなか 
年を重ねただけで 人は老いない 夢を失ったとき はじめて老いる

歳月は皮膚にしわを刻むが 情熱を失ったとき 精神はしわだらけになる 
苦悩 恐怖 自己嫌悪 それらは精神をしぼませ ごみくずに変えてしまう
 
誰にとっても大切なもの それは感動する心 
次は何がおこるのだろうと 眼を輝かせる子供のような好奇心 
胸をときめかせ 未知の人生に 挑戦する喜び 

さあ眼をとじて 想いうかべてみよう あなたの心の中にある無線基地 
青空高くそびえ立つ たくさんの 光輝くアンテナ 
アンテナは受信するだろう 偉大な人々からのメッセージ 
崇高な大自然からのメッセージ   

世界がどんなに美しく 驚きに満ちているか 生きることがどんなに素晴らしいか 
勇気と希望 ほほえみを忘れず いのちのメッセージを 受信しつづけるかぎり 
あなたはいつまでも青年  だがもしもあなたの 心のアンテナが倒れ 
雪のように冷たい皮肉と 氷のように頑固な失望に おおわれるならば 
たとえ二十歳であったとしても あなたは立派な老人 

あなたの心のアンテナが 今日も青空高くそびえ立ち 
いのちのメッセージを 受信しつづけるかぎり あなたはつねに青春

青春とは 真の青春とは 若き肉体のなかに あるのではなく 
若き精神のなかにこそ ある

以上

2015年7月 8日 (水)

平成27年前半のお薦めの本

 平成27年(2015)も前半が過ぎた。昨年後半は「恋歌」と「トワイライト・シャッフル」に絞って読後感を述べたが、今年前半は印象に残った本が多く、続きものもあったので、5冊にこだわらず述べてみたい。

阿蘭陀西鶴     朝井 まかて  2014年〈平成26年〉9月発行

図書館戦争など   有川 浩     2006年〈平成18年〉 2月発行
(内乱・危機・革命)       ~2007年〈平成19年〉11月発行

狗賓童子の島   飯島 和一   2013年〈平成25年〉10月発行

親鸞 完結編   五木 寛之   2014年〈平成26年〉11月発行
   (上下)
      
若冲         澤田 瞳子   2015年〈平成27年〉 4月発行

色彩を持たない  村上 春樹   2013年〈平成25年〉 4月発行
多崎つくると 
彼の巡礼の年

1. 阿蘭陀西鶴

004 昨年この作者の「恋歌」を初めて読んだ後、シーボルトと薬草園の園丁との交流を描いた「先生のお庭番」とこの「阿蘭陀西鶴」を読み、その後尾張藩の徳川宗春が隠居させられた頃、左遷され松茸同心になった藩士が不作の時は他の産地から取り寄せるだけの上役に対して松茸を実際に増やそうと奮闘し成長する話の「御松茸騒動」を読んだ。

 3冊とも主人公の生きざまが丁寧に描かれ思わず共感するところが多いのはこの作者の優れた力量のせいで、そのどれをとっても良いのだが代表して「阿蘭陀西鶴」を取り上げたい。

 江戸時代に「好色一代男」などの浮世草子の作者として知られる井原西鶴は当初俳諧師として一昼夜の間に発句を作る数を競う矢数俳諧を創始して一昼夜4,000句の独吟をするなどして、その奇矯な句風から阿蘭陀流と云われた。若くして妻を亡くし、盲目の娘と大坂で暮らすが、その娘から見た西鶴の俳諧師から浮世草紙の流行作家に変貌して行く姿を他の俳諧師との反目、草子を扱う板元との葛藤、贔屓の役者や弟子たちとの対話などを通して、外面のカッコよさと実際の心の動きを克明に記している。

 殊に時の経過のよって盲目の娘に対する愛情を当の娘が知ることにより、西鶴に対する見方が変わって行き、西鶴の没落した者や不幸な目にあった者たちに対する心根が浮き彫りになる辺りは感動ものである。

 西鶴については「好色一代男」などの浮世草子の作者としか知らなかったが、それ以前は談林派の俳諧師であり、松尾芭蕉と同時代の人である。また浄瑠璃の作品も創っていた。このジャンルでは近松門左衛門と同時代であり、この二人と関連した挿話も描かれている。全体として盲目の娘が西鶴に感じる気持ちが文中の挿話と共に徐々に変って行くのが好ましく思えた。

2. 図書館戦争など

005002 図書館戦争、図書館内乱、図書館危機、図書館革命の4部作が発売されてから8年も経っていた。以前は図書館では全然見かけなかったが、最近やっと図書館の本棚で日常的に見られるようになってきた。発売されて頃は、装丁を見て若者が読む本だろうと敬遠していたが、話題になった本だったので、今回一冊だけ借りてみることにした。(写真は最初の「図書館戦争」と最後の「図書館革命」の本の表紙)

 内容は国民の政治への無関心により「メディア良化法」という法律が成立し、公序良俗を乱すメディアに対する取り締まりが出来るようになり、事実上の言論統制を行うようになったことが背景にあり、それによって不適切とされた創作物は取締りを受けることになった。それに対し公共図書館は本の自由を守るべく図書隊による防衛制度を確立し、弾圧に対抗することが骨子であり、図書隊に入隊した少女の成長と恋愛を巡るスト-リーである。

 最近2015年世界報道の自由度ランキングが発表され日本は過去最低の61位になったとの新聞記事があった。2012年は22位だったが2013年が福島第一原発に関する情報の在り方が問われて53位と大幅にランクダウンし、2014年は特定秘密保護法成立により「調査報道、公共の利益、情報源の秘匿がすべて犠牲になる」という事で59位に下がった。このような現実をみるとこの図書館戦争などが荒唐無稽なものとは思えなくなってくる。

 図書館戦争のストーリー展開や登場人物のキャラがきっちり描かれていて楽しく読め、1冊だけでは留まらず最後の図書館革命まで一気に読了した。同じ頃、2011年の本屋大賞を受賞した「謎解きはディナーの後で」も読んだが、あまり豊富でない事象から事件を推理、解決するだけで現実味に乏しくあまり好きではなかった。

3. 狗賓童子の島

001 飯島和一の本は島原の乱を書いた「出星前夜」、鎖国寸前の長崎を書いた「黄金旋風」を以前に読んでおり三作目である。綿密に事績を調査して小説に取り入れて行く手法は今回も健在で、細部まで良く描かれている。

 この本は慶応4年年に起きた隠岐騒動を背景にした物語である。隠岐騒動とは隠岐島民が松江藩の郡代・代官を追放して自治組織を成立させたが、それに対して松前藩が軍事的な弾圧を加えたが、薩長両藩や鳥取藩、政府の監察使などの介入によって撤退を余儀なくされた事件である。

 物語は4部作でその最初は大塩平八郎の乱である。天保8年(1837)に大阪で起きた大塩平八郎たちが腐敗した幕府方に対して民衆側に起って蜂起したものだが、その時高弟の西村履三郎は河内の大地主でありながら乱に加わって死んだ。

 その9年後の弘化3年(1846)に隠岐の島後という島に西村履三郎の息子の常太郎が父の罪を被る形で数え年15才になったため流されてきた。常太郎はやがて島の生活に馴染み、村の医師の許で修行してやがて島の外から持ち込まれるコレラなどの伝染病に立ち向かう。

 やがて幕末になり松江藩の佐幕開国に対し、隠岐の島後では島を守るため島民が自衛のため文武の修練をしたいと請願をしたが松江藩は真剣に取り上げず、大塩平八郎の乱の頃と同様に奢侈(しゃし)に更けるばかりだった。そのうちに王政復古により隠岐四郡が朝廷領になったとの公文書が届き、松江藩の役人を追放し、尊攘派を中心にした自治会議が支配権を握ることになった。

それに対し、松江藩では蒸気船、大砲などを備えた藩兵を送り島民を殺傷した。それを知った鳥取藩、長州藩、薩摩藩では蒸気船を送り圧力を加えた。そのため松江藩では即時撤退し、捕えていた者をすべて釈放し、中央から派遣された監察使に始末書を差し出し全面的に非を認めた。

 常太郎は医者として負傷者の治療に当たっていたが、慶応4年(1868)陰暦8月に王政復古により赦免され、故郷の河内に帰ることになった。振り返ると大塩平八郎の乱から31年、常太郎が島に流されてから22年の年月が経ち、常太郎は37才になっていたのである。
 この本の一貫したテーマは民の事を考えず自分たちの権力を維持することを最善とするいつの世も変わらぬ権力を握った者と、苦しみながらも力を合わせて生きて行こうとするする民衆との対立の構図の中から、より良い暮らしを実現して行こうとする人々の姿を描いていることである。

 また狗賓(ぐひん)とは島の最高峰である大満寺山の山奥にある樹齢千年を超す巨木に棲んでいる怪鳥で、狗賓に選ばれた子どもだけがその千年杉を見上げることが出来、彼らは「狗賓童子」と呼ばれた。常太郎は島に流された翌年16才になった時に千年杉にその年の初穂を捧げる役に選ばれ「狗賓童子」になったのである。

4. 親鸞 完結編 (上下)

007003 五木寛之の「親鸞」(上下)、「親鸞 激動編」(上下)、「親鸞 完結編」(上下)と続く三部作の最後になる作品である。第一部は比叡山に入山し、法然上人と巡り合い、弾圧により越後に流されるまで、第二部は越後での生活から常陸に移り住み念仏の布教を続ける頃、そして第三部は再び京都に戻り、長男の善鸞夫妻、孫の如信、親鸞の末娘覚信と共に暮らしている。

 親鸞は常陸で著した「教行信証」に手をくわえたり、東国の信者たちに文を書いたりして過ごし八〇才を越えた。やがて善鸞夫妻は唱導(仏の教えを声に出して導く)に活路を見出し東国に赴く。京都に残った親鸞は第一部で係わった人達と再会し、親鸞の専修念仏を妨害し、罪に陥れようとする勢力を排除しようとすることを知ったり、東国での善鸞と古くからの信徒が対立しているのを悩み、善鸞を義絶したりする。そして九十才で亡くなるまでの事績が描かれている。

 作中「念仏はわたしごころを捨てるところからはじまる。一心無私の道なのだ。それができぬ自分と思い知ったところに、他力の光がみえてくる。」と記したところがある。また「人は決してわが計らうままには生きられない。その願うとおりにならない業をせおっている生きている。そのおそれと不安のなかにさしてくる光を他力という。救われる、というのはそういうことではないか。」と親鸞が話すことが書かれている。

 親鸞は「教行信証」で「他力というは、如来の本願力なり」と記している。「他力を憑む(たのむ)とも言っている。これは阿弥陀如来の本願力を拠り所にするという意味であり、「阿弥陀如来の本願力」とは「無明長夜の闇を破し、衆生の志願を満てたまう力」であると言っている。何故苦しくとも生きているのか、死んだらどうなるのかという様な暗くなる心を明るく幸せな心にして行く力を言っている。

 五木寛之は2010年にこのシリーズの第一部である「親鸞」(上下)により毎日出版に文化賞を受賞した。2009年に「親鸞」(上下)を発行してから5年後の2014年に親鸞シリーズの大著、全6巻が完成したことになる。

5. 若冲

009 澤田瞳子の本は昨年「日輪の賦」など4冊読んだ。新進の時代小説作家と言われて読み始めたが、特に印象に残る作家では無かった。今回は朝日新聞の書評欄に良く書かれていたので、読むことにした。

 若冲の絵は写真でしか見たことが無い。奇想の画家と言われた伊藤若冲は動植物を鮮やかな色彩で細部まで綿密に描かれた絵が多く、代表作は「動植綵絵」というものだそうで、この小説にもその制作秘話が書かれた章がある。「動植綵絵」は宮内庁三の丸尚蔵館が所有しているが、現在修復中のため一般公開はされていないそうである。

 話の進め方は若冲が若くして自死した若冲の妻の弟との確執により、自分の描く絵が悩みながらも高められていくというやり方で、妻の弟に擬した市川君圭という偽作を多く描く実在の人物との激しい対峙や、同時代の池大雅、丸山応挙、与謝蕪村、谷文晁などの画人とのやり取り、更に天明の大火、錦市場の営業停止など実際の出来事が織り入られており、人物の内面描写も含めて第一級の小説に仕上げられている。

 以前読んだ同じ作家の他の4冊の本より格段に印象深く、お互いに張り合う若冲と君圭の心中が良く描かれている。因みに瞳子の母は作家の澤田ふじ子である。

6. 色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年

010 村上春樹の小説には現実の世界から異次元の世界に飛んでしまって、それがこちらの思う様な世界とは異なり村上春樹が想像する世界なので、違和感を持つことが多い。「海辺のカフカ」や前作の「1Q54」でもそう感じた。しかし今回の「色彩を持たない----」では非現実の世界では無く、在り得ると想定できる出来事だけなので素直に入り込めた。

 タイトルからは何の話か判らないが、高校時代に赤松とか青海とか姓に色に字が入る仲間4人(男女各2名)と色の字が入らない多崎つくるの5人組で親密な関係を形成していたが、突然多崎つくるが理由も分からず仲間外れにされてしまった。

 彼はそれによって悩み悲しみ、死のうと思うほど絶望した。しかし16年後の35才になった時、心を惹かれた女性に巡り合い、彼女からその時何があったのか調べることによって心の重荷から解放され、新たな人生が開けると言われて当時の仲間一人ひとりを訪ね歩くストーリーである。

 相変わらず主人公の心理描写がうまく表現され、秘密を解き明かすという内容が明確で余分な方向に拡散されておらず、ストーリーの展開に意識を集中して読めた。

 今回のバックミュージックはリストの「巡礼の年」というピアノ曲である。その中の「ル・マル・デュ・ペイ」をYou Tube で聞いた。「ノスタルジア」というタイトルで知られている曲だが望郷の念に駆られ、思い出を呼び起こす静かな曲である。

 読了して、早速作中のラザール・ベルマンというピアニストが演奏する「巡礼の年」のCDを購入する手続きをした。

(この項終り)

2014年12月23日 (火)

家に咲く花

家に咲く花

 小生は100坪ほどの家庭菜園で野菜などを作っているが、その一部を花畑にして草花を栽培している。花畑は春になると花で一杯になるが、今はチューリップの球根を埋め込んだ畝にパンジー苗を植えてあるだけで、あとは何も無く殺風景な畑である。

 今日は12月23日、平成26年(2014)も押し迫ってあと8日しか無い。間もなく新春を迎えるので、今回は2~3年前から彩り華やかに咲いた花を紹介したい。花畑と言ってもたいしたものでは無く。家庭菜園の市道側に3畝ほど野菜の代わりに花を植えた畑と他に庭の方に小さいレンガで囲った花壇があるだけである。

  ただ家庭菜園の3畝の花畑は長さが1畝12mあるので、春から秋まで花を連続して咲かせるのは結構大変である。そのため珍しい花は無く、ごく一般的な花が多くなるが、連続して6mから12mほど同じ花が咲いている場所はあまり無いせいか、畑の手入れをしている時に道行く人から「いつも綺麗だね」とか「ここを通るのが楽しみだよ」と言われるのが励みになる。

1.春咲く花

Photo_2Photo4134Img_17615103 春は4月の①チュ-リップが幕開けになる。最近は毎年黄色いパンジーと赤いチューリップが目立つのでその組合せにしている。②パンジーは1月から咲いているが3月頃から株が大きくなり、4月中旬にチューリップが咲く頃は、毎年こぼれ種から咲く紫色のビオラと共に地面を覆うようになり、チューリップが終わっても咲き続ける。パンジー、ビオラとも花壇の方に違う色のものを少し植えてある。(写真はチューリップ3景、パンジー・ビオラ2景)

412341354103a4122aImg_0134 庭の花壇の方では③水仙が咲き始める。4種類植えてあるのだが、今まで写真にはあまり写して居なかった。また④シバザクラもこの頃満開になる。一緒に写っているチューリップも綺麗である。(写真はラッパ水仙、シバザクラ2景、チューリップとシバザクラ2景)

5131513115132a61016103 畑の方は5月になると黄色い⑤花菱草が一面に咲き始め、秋まで咲き続ける。⑥なでしこ・石竹もピンク・赤などの花を同じく一面に咲かせてくれ、この頃から色とりどりの花が沢山咲いてくる。花菱草は4年前に始めて種をまいたものが毎年増えて黄色い柄の絨毯を広げたようである。(写真は花菱草2景、石竹2景、なでしこ)

510451385087a51125137 ⑦金盞花⑧ルピナスも咲き始めるが、両者とも秋まで長い期間次々と咲き続けて楽しませてくれる。この2種類ばかりでなく、最初に種や苗を買った後は新しい種を採っておき、翌年撒いて育てられるものが多く思ったより安上がりで花が楽しめる。(写真は金盞花2景、ルピナス3景)

613150925109aPhoto6104 薄いピンク色の⑨アグロステンマ(ムギナデシコ)も5月下旬ころから咲き始める。この花は背が高くなるので後ろの方に植え、その前に丈の低い花を植える。アグロステンマはほっといても毎年芽が出てくると云われていたが発芽状況はあまり芳しくなく、毎年新しい種を買わなくてはならない。⑩マーガレットは花畑の一隅に植えてあり、冬は枯れてしまうが春になると新しく芽を出し、毎年白い花を咲かせてくれる。(写真はアグロステンマ2景、アグロステンマを背景にしたルピナスとビオラ、マーガレット2景)

15135435136_2 花壇の方は垣根に⑪クレマチスが咲き始める。今は薄紫と白の2種類しかないが今後増やしていきたい。花壇の縁に植えた⑫スズランも6月になると白い可愛い花をつける。(写真はクレマチス4景、スズラン)

2.秋咲く花

913109131191312Photo_29131 夏から秋にかけて咲く花は⑬グラジオラス、⑭コスモス、千日紅などがある。グラジオラスははじめの頃沢山植えたが、大きくなると茎も花も少しの風で倒れてしまう。また球根もどんどん増えるので、最近はわざわざ植え換えたりせず、翌年新しい球根から伸びるのに任せて倒れないように支柱だけ用意するようにしている。コスモスも同様に倒れないようにひもで囲いを作るだけで好きなように咲かせている。⑮黄花コスモスは生えてきた苗を畝に整列して植え付けるだけである。(写真はグラジオラス2景、コスモス2景、黄花コスモス)

91372 91229123 Photo   ⑯千日紅は赤、ピンク、白の3種類あったが、いつの間にか赤だけになってしまった。黄花コスモスと共に大写しにすると鮮やかである。(写真は千日紅3景、コスモスと千日紅、黄花コスモスと千日紅)

9121009Img_4155Photo_2Img_4166a ⑰ペチュニアは種を買ってきてプランターに植え、庭のあちこちに置いている。⑱マリーゴールドも種から沢山咲かせるが採った種からは上手く芽が出ないことが多く、毎年購入している。⑲鶏頭はこぼれ種から毎年沢山咲いている。(写真はペチュニア、マリーゴールド2景、鶏頭2景)

91339135Photo_32 最近の⑳百日草は花が大きく見栄えがする様になった。終わった花を摘み取ると脇芽の花が育ち、秋の花畑に3カ月以上咲いてくれるので有難い。(写真は百日草3景、赤い百日草大写し)

8137aImg_1993aImg_1993  (21)クレオメは花壇に昨年初めて種をまいた。和名は西洋風蝶草と云い、風に舞う蝶のような花姿から付けられたそうである。今年は20本くらいこぼれ種から咲いたが、少なかったので来年はまた種まきをしなければならない。(写真はクレオメ3景)

2_2 Img_3837 他にもゴテチャ、金魚草、おしろい花、日日草、ひまわり、ホウセンカ、葉鶏頭などを咲かせたが、いい写真が少なかった。これ以外にバラも栽培しており、つるバラ5本、ハイブリッド、フロリバンダ合わせて10本あるが、これについては別の機会に紹介したい。(写真は金魚草、ゴテチャ)

   今年は72才の時に家庭菜園を始めてから10年目である。ともすれば怠惰で引きこもった生活になりそうな日々を戸外に連れ出したのは、何もしなければ雑草で覆われてしまう菜園である。
 殊に市道側に面した花畑は花殻を取り除き、新しい草花に植えかえたりして出来るだけ見栄えを良くしたいと思うので、時にはサカタ、タキイなどの通販業者から新種を購入したり、育て方の本を読んだりしたりするし、晴れれば水やりや草むしりに追いかけられるので、ボケている暇も無く体も健康で居られたのだと思う。
 年々衰える体力に合わせて今後どう菜園・花畑を維持して行くかが今後の課題である。

(この項終り)

 

 

 

2014年12月11日 (木)

トワイライト・シャッフルを読んで

Img_0695 今年6月に発行された乙川優三郎の「トワイライト・シャッフル」を読んだ。英字の表題が大きく表示されているので場違いな印象だったが、読んでみると乙川優三郎の独特の文体での表現だったので直ぐ馴染めた。

 今回の作品は前作の「脊梁山脈」に引き続き現代小説だが13編の短編集である。最初から10編目までは小説新潮に連載されたもので、最初のイン・ザ・ムーンライト、次のサヤン・テラス、更にビア・ジン・コークなど全てカタカナ(横文字)の表題である。最後の3編は書下ろしで日本語の表題になっている。

 全編とも外房の海辺の町を舞台にした設定だが、大都会では無く、といって草深い農村でも無く適当に開けた街の出来事を、人生の経験を積んだ大人の男女の会話を通して気持ちの揺らぎを適切な文章で表現しているのを共感したり、考えさせられたりしながら読み進めて行くと時の経つのを忘れてしまう。

 乙川優三郎の本は前作の「脊梁山脈」もその前の「麗しき花実」もそうだったが、ただストーリーを追うのではなく読者に考えさせる様な文体であり、余韻の残る読後感があるが、この本は短編で読み易かったせいもあり、殆どの編を2回読んでしまったのは最近に無い事だった。

 朝日新聞に三浦しをんが書評を書いているとネットにあったので読んでみた。激賞しておりその一部を紹介したい。
「さまざまな人生の瞬間を切り取った十三編が収められた短編集。いずれも高密度・高水準で、素晴らしいとしか言いようがない。静かに見える海にも必ずうねりがあるように、端整(たんせい)な文章はときに逆巻き、ときにたゆたいリズムを刻んで、登場人物の情熱や寂寞(せきばく)を明らかにする。読者は波間に漂うように、文章という名の海に身を任せる快楽に浸れる。暗い海底へとひきずりこむうねりもあり、登場人物とともに読者自身も自分の内面と向きあうことになるだろう  云々---」
 とあるがその通りだと思った。

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