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2013年12月10日 (火)

往事渺茫(おうじびょうぼう) その4

6. 高校時代②

 当時の娯楽の王者は何と言っても映画だろう。その頃水戸市には7~8軒の映画館があった。日本映画は「東宝劇場」[松竹映画劇場]「東映劇場」などと製作会社ごとに映画館があったので、東京で封切り後比較的早く上映されていた。この頃の日本映画はまだ白黒映画で、黒沢明監督、三船敏郎、志村喬出演の「酔いどれ天使」「野良犬」「羅生門」。今井正監督、原節子、池部良出演の「青い山脈」。小津安二郎監督、原節子、笠智衆出演の「晩春」「麦秋」などを見た。また初のカラー映画、木下慶介監督、高峰秀子主演の「カルメン故郷に帰る」も見ており、これらの映画の幾つかのシーンは今でも思い出せるほど印象に残っている。

 しかし昭和24年(1949)~昭和27年(1952)頃の高校生時代には洋画の方を多く見ていた。「映画鑑賞会」というものを立ち上げた同学年の友人が居て、彼から主に洋画の割引券や招待券を時折貰ったりしたためでもあるが、邦画の様に封切られてすぐに見られるものではなく、1939年に製作された「風と共に去りぬ」などの人気映画は高校卒業後の1950年以降に上映されたと思う。

 アメリカ映画ではボブ・ホープ主演の「腰抜け二丁拳銃」というカラー映画が「ボタンとリボン」という主題歌と共に印象に残っている。「East is east and west is west」で始まり、「Rings and things and buttons and bows」で終わる歌詞は、最後の「buttons and bows」を「バッテンボウ」と発音するのだが原語で好く歌ったものだ。
 風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーとロバートテイラー主演の「哀愁」(WATERLOO BRIDGE)という白黒映画も「別れのワルツ」の場面と共に印象深いものだったがこの頃見たのだったと思う。
 ルー・ゲーリックの半生を描いたゲイリー・クーパー主演の「打撃王」、西部劇の「駅馬車」、「荒野の決闘」「黄色いリボン」「リオ・グランデの砦」「白昼の決闘」などのジョン・ウェイン。ヘンリー・フォンダ、ゲイリー・クーパーなどのカッコよさには胸を轟かせたものだ。これらは皆白黒映画だった。クーパーとバークマン主演の「誰が為に鐘は鳴る」ハンフリー・ボガードとバークマンの「カサブランカ」、シャルル・ボワイエとバークマンの「ガス燈」、ヒッチコック監督の「レベッカ」も白黒映画だった。

 コメディ映画でダニー・ケイ主演の「虹を掴む男」はカラーだったか? よく覚えていない。ジョセフ・コットン、ジェニファー・ジョーンズ主演の「ジェニーの肖像」は最後のシーンだけがカラーになっていて、その夢幻的なロマンチックなシーンは良く覚えている。

 この当時はヨーロッパ映画にも素晴らしいものが多く、イタリア映画のローセリーニ監督による「無防備都市」「戦火のかなた」、デ・シーカ監督による「靴みがき「自転車泥棒」は戦後の混乱期の映画として身につまされる思いで見た。
 また「にがい米」の主演女優だったシルバーナ・マンガーノや「いるかに乗った少年」のソフィア・ローレンの姿態に目を奪われていた。

 イギリス映画では「第三の男」のツィッターの調べが印象的。ローレンス・オリビエの重厚典雅な「ハムレット」はTo be, or not to be, that is the question の名ぜりふと共に忘れられない。同じローレンス・オリビエ主演の「嵐が丘」はアメリカで創られたとか。またカラー映画の「黒水仙」のデボラ・カーの美しい尼僧姿。またフランス映画にはルネ・クレール監督の「巴里の屋根の下」、マルセル・カルネ監督の「天井桟敷の人々」、ジャン・マレー主演の「美女と野獣」、ジェラール・フィリップ主演の「肉体の悪魔」などなどである。

 まだ殆んどが白黒映画で、カラーは数えるほどしか無かったが、その後の2本立て、3本立てやロマンポルノの様なストーリだけの粗製乱造の以前で、現在でも何かのきっかけがあれば直ぐに想い出されるような良質な映画を多く見られたことは幸運だったと思う。しかし今の若い人にはちんぷんかんぷんで、同世代の方たちの記憶を呼び覚ませる事しか出来無かったかもしれないが、小生にとっては青春の思い出の大切な一頁なのである。

 当時は音楽と映画の他に、読書の時間が大きなウエイトを占めていた。家には小生が生まれる少し前に発行された新潮社版の「世界文学全集」全38巻があり、中学・高校時代に文学少年だった小生はその中の面白そうな巻を読みふけっていた。
 ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」、アレクサンドル・デュマの「モンテクリスト伯」、チャールズ・ディケンスの「二都物語」、アラン・ポーの「緋文字」、シエンキーヴィッチの「クオ・ヴァデイス」などは手に汗を握るほど面白かった。ほかにもボッカチオの「デカメロン」、セルバンデスの「ドン・キホーテ」、ゲーテの[ファウスト]「若きウェルテルの悩み」「ヘルマンとドロテーア」、エドモン・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」なども読んだ覚えがある。

 学校では図書館が整備されたばかりで、文学全集や個々の作家の本も入庫しつつあり、主として欧米の文学を愛読していた。ヘルマン・ヘッセの「ペーター・カーメンチンド」「車輪の下」「春の嵐」、サマセット・モームの「月と六ペンス」、ヘミングウェイの「武器よさらば」、スタンダールの「赤と黒」、映画も見たエミリ・ブロンテの「嵐が丘」、チャールズ・ディケンスの「デェヴィッド・カッパフィールド」、ゲーテの「ウィルヘルム・マイステルの修業時代・遍歴時代」などである。

 その中でも印象に残っている本にデュ・ガールの「チボー家の人々」がある。主人公ジャックの苦悩や恋人ジェニーとの出会いと別れに共感し感動した。またロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」のジャンが初恋に破れた時の「愛する者は愛されない。愛される者は愛しない。愛し愛される者はいつしか早晩、愛から引き離される」というセリフは、当時片思いの女学生が居たこともあって今でも覚えている。

 高校卒業の頃は、自分の将来をどうするか、人は何のために生きるかなどと人生について悩む時期である。その時に出会った本がサマセット・モームの「人間の絆」で大きな感銘を受けた。
 主人公フィリップは生まれつき足が悪く、何時でもびっこをひいているハンディがあり、不利益を被るが、それにめげず迷ったり悩んだりしながら人生を過ごしている。ある時、落魄した詩人からペルシャ絨毯の切れ端を貰い、「これが人生の意味の答えだ」と言われて、その意味を考えながら生きて行く。ある時昔の友人の死を知り、突然、以前聞いた人間の歴史についての東方の王と賢者の話を思い出した。それによると「人は生まれ、苦しみ、そして死ぬ」と。

 その時フィリップは、「人生の意味などそんなものは何も無い。彼が生まれて来ようと、来なかろうと、生きていようと、死んでしまおうと、そんなことは一切何の影響も無い。生も無意味、死もまた無意味なのだ。」と感じた。また同時にペルシャ絨毯の切れ端の事を思い出した。「あの精巧な模様を織り出していく時の目的が、ただその審美感を満足させようというだけにあるとすれば、人間もまた一生をそれと同じように生きていいわけだし、----」と訳文は続いている。

 実はこのブログを書くにあたって中野好夫訳の新潮文庫版を購入した。60年以上前に読んだ本なので再読してみようと思ったのである。昔読んだほどの感激は無いが、この場面で覚えていた事は、「人は、今死ぬと思った時に自分の一生の出来事が走馬灯のように一瞬に思い出し、その足跡があたかもペルシャ絨毯の様に綾なして織られていることが一番の幸せだ」という様な事が記されていたと思っていたが、それは見当たらなかった。恐らく解説文に書いてあったのを覚えていたのかもしれない。ともあれそれから暫らくの間は、自分が今死ぬとしたら自分の一生は満足できるものだったろうか、後悔はしなかっただろうかと就寝時に自問して振り返るのを常としていた。

(この項終わり)

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