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2009年6月17日 (水)

附けたり(3) 義仲寺

義仲寺

Img_0047  滋賀県大津市膳所にある義仲寺は、その名の通り近くの粟津で敗死した木曽義仲の墓のある小さな寺だが、芭蕉はこの寺にある無名庵を定宿にして度々訪れている。その縁もあって芭蕉はこの寺に葬られた。義仲寺境内は国の史跡になっている。

 芭蕉は元禄7年(1694)9月8日に大阪に向かい伊賀を出立した。翌9日夕刻大阪に着いたが、その数日後には風邪のせいか下痢、頭痛がひどく、それが日を追って悪くなって行った。しかしその間にも歌仙を巻いたりしたせいもあり、心身ともに衰弱して9月末には病床に就き、10月12日(陽暦11月28日)に51歳で亡くなった。

Img_0042  辞世の句は 「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」 である。亡くなる前日に一番弟子の宝井其角が駆けつけ「骸(から)は木曽塚に送るべし」との遺言により遺体は膳所(ぜぜ)の義仲寺に運ばれた。14日に其角が一切を取り仕切って葬儀が執り行われた。近来の俳人など300有余人がはせ参じたといわれる。遺骸は木曽義仲の墓の隣に葬られた。

Img_0044  芭蕉は源義経や木曽義仲のように、大きな成功をした後天運に恵まれず滅んで行く者に対して深く心を寄せていることは「おくのほそ道」でも良くわかることだが、門弟たちも生前の師の意思を汲んで義仲の墓に並べて芭蕉の墓を建立したのだろうか。芭蕉の墓は芭蕉翁とだけ刻まれた小さい墓石だが、義仲の墓はこれもあまり大きくはないが宝篋印塔の立派なものである。

Img_0041Gityuji17Gityuji08 境内の入口近くに、芭蕉の 「行春を あふみの人と おしみける」 の句碑がある。芭蕉は近江の中でも特にこの大津、膳所とは関係が深く、義仲寺ばかりでなく、石山寺の近くにある幻住庵にも長逗留し、「幻住庵記」を著したりしている。「あふみの人」とは大津、膳所の俳人仲間なのだろう。義仲寺には20碑近い句碑があるが、芭蕉の句碑は3碑だけである。他の二つは 「古池や 蛙飛びこむ 水の音」 と辞世の句 「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」 の句碑である。

Img_0046  他の俳人の句碑の中に、 「木曽殿と 背中合せの 寒さかな」 又玄(ゆうげん)というのがある。この句は当然芭蕉の墓と義仲の墓が隣り合わせになっているのを詠んだ句と思っていたが、よく確かめたところ、実際は芭蕉の生前の元禄5年に伊勢の俳人である弟子の又玄が義仲寺無名庵に滞在していた芭蕉を訪ねて泊まった時に 「木曽殿と 背中あはする 夜寒かな」 と詠んだものが誤って伝えられたものだそうである。その話とはちょっと違うが、芭蕉が松島であまりの絶景であるためにうまい句が作れず、 「松島や ああ松島や 松島や」 との句を残したといわれている話を思い出した。

Img_0045

Gityuji10 寺の奥には芭蕉坐像を祀った翁堂があり、左右には内藤丈草と向井去来の像が置かれている。天井の画は伊藤若沖の「四季花卉の図」だったが、その後焼失し明治になって模写した絵が画かれている。丈草は芭蕉没後その追善に生涯を捧げた人物で、墓石の「芭蕉翁」の文字は丈草の筆と云われている。去来は蕉門の代表的撰句集である「猿蓑」の編纂を野澤凡兆と共に行った人物で、京都嵯峨野の落柿舎に住んでいたが、そこに芭蕉が暫らく滞在し、「嵯峨日記」を書いたことでも知られている。二人とも蕉門十哲の一員で芭蕉門下の有力な俳人である。

芭蕉を中心とした俳句撰集の主要なものを芭蕉七部集または俳諧七部集と云い、「冬の日」「春の日」「曠野(あらの)」「ひさご」「猿蓑」「炭俵」「続猿蓑」がそれである。中でも 「猿蓑」はその最高峰の句集として評価が最も高い。書名は巻頭にある芭蕉の「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」の句から取られている。

 芭蕉は29才の時、伊賀上野天満宮に句合せ「貝おほい」を奉納して江戸に下ったが、35才の時宗匠になった。その後深川芭蕉庵に住んでいたが、40才を過ぎてから旅に出ることが多くなり、41才の時「野ざらし紀行」、44才の時「鹿島紀行」同年「笈の小文」、45才の時更科紀行」の旅をしている。そして46才の時「おくのほそ道」の旅に出立した。その後も伊勢、関西の旅を続け、江戸に戻ったのは48才の時だった。そして51才の時の5月に「おくのほそ道」素龍清書本を携えて伊賀上野に向かい、10月に大阪で亡くなったのである。

  まさに「おくのほそ道」の冒頭にあるように  「舟の上に生涯を浮かべ馬の口とらへて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて漂泊の思いやまず---」  の生涯だった。

 (H18‐11‐21訪)

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