種の浜(1)
芭蕉は陰暦8月14日夕刻に敦賀に着き、その日のうちに金ヶ崎城跡に行った。その夜は晴れたが、北国の天気は変わり易いと宿の主に言われて中秋の名月の前夜だが、気比神社に参詣した。翌15日は雨になって外出できず、16日に舟で種の浜(いろがはま)に渡った。
おくのほそ道の種の浜(いろがはま)の段の前半は、「16日、空霽(はれ)たれば、ますほの小貝ひろはんと、種の浜に舟を走す。海上七里あり。天屋何某と云もの、破籠(わりご)・小竹筒(ささえ)などこまやかにしたゝめさせ、僕(しもべ)あまた舟にとりのせて、追風時のまに吹着ぬ。」 と酒肴を用意し、多くの下僕を従えて賑やかに舟で行ったとある。
天屋何某は天屋五郎右衛門という回船問屋で、俳号を玄流という分限者である。破籠はかぶせ蓋で中に仕切りのある食べ物を入れる折箱で、小竹筒は酒を携行する時の竹筒である。当時、色の浜がある敦賀半島には道が通じておらず、船でなければ行けなかったのである。現在は敦賀原発に通じる立派な道路があり、敦賀市街地から1時間足らずで行ける様になった。
色の浜への中間地点に常宮神社がある。神社の参道入口近くに、「月清し 遊行のもてる 砂の上」 の句が大きな石に刻まれている。200年ほど前に造られたものということで、だいぶ磨耗して読めないほどである。この神社の祭神は神功皇后で、気比神宮の祭神である仲哀天皇の妻で、お産の常宮さんとしてあがめられている。(写真は常宮神社本殿と芭蕉句碑)
毎年7月22日には、気比神宮から祭神が船で海を渡って来る総参祭という神事がある。それを迎えるため神社の拝殿は海に面した大きな舞台として作られているが、遮るものも無く敦賀湾が一望の下に見渡され暫らくそこからの景観を楽しんだ。境内には巨木が立ち並んで静かな雰囲気である。山門の前に貝殻が沢山置かれていたが、その中に「ますほの貝」と表示がされた小皿があった。数ミリ程度の小さい貝である。写真を撮ったがあまりにも小さくてボケてしまった。欲しい人は持ち帰って良いと書いてあったので4粒ほど頂いた。最初に訪問した時は本殿の両側には紅葉が真っ赤に色付いて、華やかに彩りを添えていた。(写真は常宮神社拝殿とますほの貝)
曽良は種の浜(いろのはま)からの帰路、常宮までの便船に乗り、この神社に参詣している。敦賀から常宮までは山越えの小道があったようである。
(H18‐11‐20訪・H20‐12‐9再訪)
注1:写真をクリックすると大きくなります。
注2:青字の句は「おくのほそ道」にある句です





























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